始まりの音・T
そこは爆撃をうけ、燃え盛る家。
少女が一人座り込んでいる。
彼女の前には瓦礫の下からのびる一つの腕。
まだ、暖かい赤い紅い血が流れている。
少女は放心したまま腕の名称を呟く。
「お母さん」
と。
しかし、返事はない。
少女が腕に触れようとすると、後ろから一人の傷だらけの男がうなる。
彼女が驚いたように振り向くと男はかすれた声で少女にいう。
「―― よ…早く…逃げなさ……」
少女は首を振り、すがるように男に言う。
「やだ…お父さんも一緒に行こうよ…ねぇ」
男は愛する娘をやさしくなでた。
「愛してい…よ ―― 。早く行きな…ぃ…後から行く…ら」
少女は頷き、走り出す。
男はその姿をみとめ呟く。
「つらくても…生きるんだ…」
そして、彼は深い眠りに落ちる。
少女は振り返らずに走り続ける。
茶色の髪をなびかせ、青い眼からはたくさんの涙を流しながら。
11、2歳の少女がベッドの上で目を開ける。
綺麗な顔立ちに青い眼、そして茶色の髪。
横には金持ちであろう脂っこい男が一人。
「…名前……?」
少女は呟いた。
男はぐっすり寝ている。
少女は起き上がり、服を一枚、また一枚と着ていく。
男の服から財布を取り出し、お金を抜く。
「ありがと。」
そういうと彼女は部屋を出て行く。
外に出ると、冷たい風が吹く。
深くフードをかぶると、自分の体を抱くように歩き出す。
うつむいて大通りを歩く。
が、ほとんど人はいない。
いや、むしろ人がいるほうがおかしいだろう。
そこは瓦礫の山。
昔はネオンが光り、綺麗な服を着た人々が歩き回っていたのだろうが、今はその跡形もない。
強い風が吹く。
フードがめくれ、顔があらわになる。
少女は空を見上げ、ため息をつく。
ポケットの中にあるお金を握り締める。
「生きていくためなの。仕方ないの。」
自分に言い聞かせるように言う彼女。
しかし、その眼には涙が溢れる。
昨日の晩にあったことを思い出して、屈辱感にさいなまれているのだろうか。
下唇をぐっと噛んだ。
「…日本人だったらよかったのに……」
そう、外国人には生きていくのはつらすぎる世界。
たとえ、この国の言葉を話せても見えない隔たりがある。
心の中で、戦争中だから仕方ないと思うものの、諦めきれない自分がいるのにも嫌気がさしていた。
生きるためには手段を選ばないと決めた、あの日。
初めて侮辱をうけ、一人だと思い知らされた、あの日。
彼女の脳裏に、浮かぶ嫌な思い出たち。
「泣かないって決めたのに…」
そういうと彼女は立ち止まる。
空を見上げる。
日が昇り始め、赤みがかる空。
少女は、ため息をつき再び歩こうとした。
少し高い位置の瓦礫の山からコンクリートの塊が落ちてくる。
彼女はゆっくりとその瓦礫の山の上を見る。
そこには一人の男。
その男は、瓦礫の山から降りてくる。
彼女は、『あぁ、またか』と思った。
しかし、近づいてきた男は予想を裏切る。
「大丈夫かい??」
初めて日本人にやさしく問いかけられる少女は硬直した。
「どうしたの?」
少女は無言で、目の前の男を見詰める。
「あぁ、僕の名前は光。ヨロシク。君は?」
「私は…………?」
この出会いが彼女の運命を変えた。
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